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Jonny and Julia’s Home

JU婆のダイビングの歴史について語らせてくれ!

これをなくしてJU婆はありえないダイジェスト版。



記念に残るあの日を挙げてみました。

11本
八丈で潜行できず、吸気と排気を間違えて急浮上。\(◎o◎)/!コワイ
一緒に潜ったベテランダイバーとガイドに迷惑をかけたことに落ち込む。

もう二度と会わないだろうけど、このベテランダイバーにお礼とお詫びをするにはどうしたらいいのか?と後日真剣に考えた。
その答えは、「早く一人前のダイバーになって上達しよう!」ということだった。

できるだけ間を開けずにダイビングすることを心に誓う。
あの時の自分があったから、こうやって続けられたのだと思う。

20本
リラックスするようになり、ウエイトがアルミ5mmウエットで5→3kgに減らせた。
適正ウエイトになったので中性浮力も簡単に取れるようになった。
成長を感じる日だった!

80本
知人のDMガイドでセルフの安さを知った。
それまではリゾートダイビングしかしなかったが、「千葉も伊豆も割といいじゃん」って思った。
しかし、「やはり資格を持っているからってガイドを信じてはいけない。」と、実は身にしみた時でもある。
流された経験を数回してしまい、最終的にはガイドよりも自分を信じるしかないと身にしみた。
過信は禁物。ボートは地元ガイド以外とは潜らないと誓う。

90本
ドリフトではない西川名の流れガンガンの海の恐ろしさを知った。
未だに西川名は私に緊張感を与えてくれる大事なダイビングポイント。

この頃からログに少しだけ絵を書くようになってきた。

92本ドライデビュー。
ドライ買ったらリゾートダイバー完全に卒業・・・
ここからダイビング本数が加速!!

96本
ドライの排気がうまくできず、急浮上・・・
かなり怖かった。。。
これ以来、しばらくドライを着るとエアーの消費が早い早い。
JO爺よりも30ぐらい早かった(笑)

100本
この頃から、なんでもない平凡な魚でも自分で見つける喜びを感じる。
夜熱く感動を語った記憶が、今でもはっきり残っている。

150本
やや丁寧にログの絵を描き始める。
しかし抽象的過ぎて、他人には何の絵かさっぱりわからない。
時々、「この頃の方が純粋な絵で良かった。正直今の絵はがっくり。」と言われる。
(ーー;)

203本
明鐘にてJU婆は第一の開花!
田中ウミヘビにログの絵を泣くほど笑われて、馬鹿にされ、くやしかったので真剣に絵を描き始めた。
この時を境に、ログの絵がとても充実している。^^

また、明鐘の変態ダイビングが今までにはない経験だったようだ。
以前、一度明鐘に行った事があるが、まだ未熟者だったので、自分自身で変態を感じて楽しむこと能力が足りなかったのだ!
この時のJU婆だったからこそ、明鐘を♡で感じることができたのだろう。

「元始、JU婆は変態であった!」を気づかせてくれた場所だ。


220本
ドゥマゲッティ(フィリピン)のマクロの宝庫ダーインにはまる。
世界一のポイントとめぐり合ったと思った。毎月のように通う。

235本
アクアスのりちゃんガイドにはまる。
なんてまったりしていいのだ!時間に縛られず、みんながみんなで楽しむダイビング。
わざわざアクアラインを使って行くまでもないと思っていた伊豆だったのに・・・はまってしまった!
伊豆の奥深さがわかってきた時期です。

391本
レグルスと出会う。JU婆、第二の開花。
興味のなかったウミウシに対して少し心を開く勇気を与えてくれたのだ!
だって八丈のウミウシって超デカイんだもん。^^
タカラガイにはまり、ユムシの美しさの中毒になった。

研修且つ、レグルスの布教活動始める。

468本
八丈の「検潮所」が不動のダーインを抜いた!


こうやってみると100本目までのダイビングって1本1本が貴重ですね。
100本まではinputです。
その後は、自分で喜びをみつけoutputの要素が加わってきている。
どうやって続けられたのか?どうやって変態になったのか?
なぜリゾートダイバーを脱出したのか?

5年間を振り返ってみると色々なダイバーに出会って今の自分があるのだなと嬉しく思った。
by jujonoriko | 2006-07-13 21:03 | Juliaの日記